その先は永代橋 草森紳一をめぐるあれこれ

「もの書き」草森紳一の蔵書約3万冊は、2009年11月故郷の帯広大谷短期大学に寄贈されました。 このブログでは、以後の草森紳一関連ニュースをお伝えしていきます。写真 草森紳一

「もの書き」草森紳一の蔵書約3万冊は、2009年11月故郷の帯広大谷短期大学に寄贈されました。このブログでは、以後の草森紳一関連ニュースをお伝えしていきます。 写真 草森紳一

私事で恐縮ですが……今日はファッションの本のお話

       

今年の初夏、駆け足でイギリスに行ってきました。
アート系では実績のある小さな大学を訪問したのですが、
居心地の良い図書館を見学していてビックリ!
私が編者の『VIONNET』(ヴィオネ)の本が、ファッションの棚に
きちんと所蔵されていたのです。こんなところで会えるとは!

マドレーヌ・ヴィオネ(1876−1975)はココ・シャネルより少し年上、20世紀初頭から欧米で一世を風靡し、第二次大戦後は忘れ去られたフランスの伝説的なドレスメーカーです。
私がこの仕事のお話をいただいたとき、ヴィオネの本は世界でまだ一冊も出版されていませんでした。
著者はアメリカの在野の研究者ベティ・カ−クで、彼女と苦労を共にしつつ、4年かけて完成したのが『VIONNET』です(1991・オリジナル版・求龍堂刊。1998・英語版・クロニクル刊)。
この本によって、ヴィオネがバイアスカットを編み出した立体裁断の祖のみならず、服のデザイン、布地の開発、刺繍技法の考案から、米国とのビジネス、メゾンのお針子さんたちの福利厚生にいたるまで、革新的な膨大な仕事を成し遂げたことが明らかになったのです。シャネルのように有名にならなかったのは、学者肌の地味な性格に美貌ではなかったからでしょう。

(展示ドレスはピンボケで恐縮ですが。右端の写真は普及版。初版はA3判の大型本でした。英語版はB4判で装丁のみ異なります)
    

さて草森紳一さんからいただいたヒントです。

服の生命線はラインです。布のカッティングが正確でなければ、縫製も仕上がりもゆがんだものになってしまいます。「パターン(型紙)が美しければ、服も美しいのよ」と言われた言葉は忘れられません。(草森さんの一番のよそ行きは、グレンチェックの三つ揃いのスーツ。パターン研究の日本での草分け、伊東茂平氏のイトウ衣服研究所にいた人の仕立てと聞いた記憶があります)
編集の終盤ころ、池袋芸術劇場の開館記念として開催された「生きている建築 フランク・ロイド・ライトの世界」展(1990年10〜12月)を見に行くように言われました。パンフレットを読んでビックリ。ライトの言葉の中の“建築”を“衣服”に置き換えれば、それはそのままヴィオネの言葉になるのでした。
ライトの提唱したのが「有機的建築」なら、ヴィオネの提唱したのも「有機的衣服」。
コルセットが女性の身体を締めつけていた時代に、イサドラ・ダンカンからインスパイアされたヴィオネは、「女性が笑うとき、そのドレスも笑うようにつくらなければ」というコンセプトで、女性と自然、身体と風や光の美しく調和する衣服を目指したのです。
有機性」は今の時代にこそ、重要なキーワードだと思います。

草森さんから、何気なく投げかけられた言葉によって、大芸術家の発想の源について考えるのは大きな学びになりました。
あれから20年。性格まで変わってしまいそうな過酷な仕事でしたけれど、完成された本が世界のさまざまの地で生きて読まれているのは、不思議な気がします。(残念ながら、普及版の3判がなかなか出ないのですけれどね)

崩れた本の山の中から 白玉楼中の人