その先は永代橋 草森紳一をめぐるあれこれ

「もの書き」草森紳一の蔵書約3万冊は、2009年11月故郷の帯広大谷短期大学に寄贈されました。 このブログでは、以後の草森紳一関連ニュースをお伝えしていきます。写真 草森紳一

「もの書き」草森紳一の蔵書約3万冊は、2009年11月故郷の帯広大谷短期大学に寄贈されました。このブログでは、以後の草森紳一関連ニュースをお伝えしていきます。 写真 草森紳一

いいえ、整理下手なんかじゃあなくて

視界全体が本となった部屋に住んでいた草森紳一は、整理下手であると思われる方がほとんどでしょう。
いやいや幼少のころからのコレクターで、むしろ整理魔。切手マニア、新聞の題字マニアなど、なんでもきちんとスクラップしていたと聞いた記憶があります。
それらは音更町の書庫「任梟蘆」の中に眠っているのでしょうか。

蔵書たちも、門前仲町のマンションで草森流のジャンル分けがされて、しかるべき場所に片付いていました。
ただ…高い塔となった本が崩れてしまった後は……魔法のように目指す本を掘り出すことが出来たのも、つかの間のことだったでしょう。

散歩の杖だったコンパクトカメラで撮った写真のアルバム232冊!とテーマ別の箱40個は、きちんと説明が書かれ、押入れに入っていました。
昨年の夏、その一部を「本は崩れず 草森紳一写真展」として森岡書店で展示されたのはありがたいことでした。

今日ご紹介するのは、活字になった原稿のスクラップブック。ほんの一部です。
全部で何冊になるのか、息子さん(渡部幻さん。娘もいます))にお渡ししたので正確な数が分かりませんが、50冊は越えるでしょう。

掲載紙・誌をスクラップに貼り、将来単行本に入れたいものには印付きで、赤字も入っています。

2000年頃からは大きなテーマに取り組むようになったせいか、体調のせいか、あまりスクラップされていないようです。

右は、スクラップNO.11に貼ってあった「サトウサンペイが編集するページ4」(「週刊読売」1971年4月23日号)。クリックすると画像が大きくなります。

  

崩れた本の山の中から 白玉楼中の人