心に残るメールをいただきました。お二人のご了解をいただき、ご紹介します。
草森紳一さんの「メモリアル」に ふさわしい、
シンプルで心配りの感じられる展示でした。
「メモリー」という言葉が頭の底 からわきあがってきて、
人は死んでも記憶によって生き続けるのだと、
あらためて深く思いました。
数日前に陸前高田市に行って、
海に流されたままの人たちに
ことばもなくただただ合掌するばかりだったので、
思いはひとしおでした。
ご苦労さまでした。(佐藤 譲)
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この写真展、ちょっとどころではなくかなり変わっていて、炎天下往訪の甲斐大いにあり、ある種の感動を覚えました。
まず会場は時代物のビル、(私の往訪がお盆期間の土曜日だった故かもしれませんが)人影まばらというより人の気配のない階段・狭い廊下、展示室のドアを開けて最初に目につくレンズの焦点を合わせた得体の知れぬ鉱石、古びた装飾類(遺品かと思い草森との関りを係りの方に伺ったら、全く無関係とのことでした)。
形状、大きさ、その前身、黴の匂いまでそれぞれ異なる空箱に雑然と整理された写真の束を、無作為に、用意された手袋をはめてまさぐってゆくにつれ、彼の人生に触れたかのような感銘に戦きました。 展示の著書も一覧しましたが、多分野に亘る彼の好奇心・探究心、そして底知れぬ異才に、あらためて畏れを抱きました。
30分ほどで失礼し、永代通り街路樹の蔭で一服、以前仕事でよくこの辺に来たのを思い出し、当時彼がこの近辺に住んで居るのを知っていたならと、残念に思いました。
帰路、勤めていた会社のある新橋に立ち寄り、烏森界隈を懐かしく彷徨しながら、わが凡庸なサラリーマン人生をふと振り返りました。 暑さのせいでも歳のせいでもありませんが、下らぬメールご容赦ください。(林 一彬)